百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

勝ち負けというクソみたいなレールとは違う生き方

勝者がはっきりする時代となりました。ヒルズ族とかが流行った?ときほどの煽りはないけど、負けないために必死に走り続けているのは変わない印象があります。勝つか負けるかという両極端な価値観は少数の勝者と多数の敗者を生み出す構図になるので、生きるのを困難とします。

中庸な生き方、もっといえば初めから勝敗のレールにのらない生き方を我々は広く社会に提示したほうがいいと思うのです。具体的には、「社会的成功とは無縁かもしれないけど、何とか生きられる生き方」でしょう。すでに少数ながら実践されている方がいます。無職のphaさんや引きこもり名人の勝山実さんとかです。

どうすれば彼らのようにのらりくらり(表現が適当ではないかも)と生きられるのかはまだ分かりませんが、直観でポイントとなるのは「緩さ」だと思っています。まず緩く生きるには既存の常識を疑い、自分が正しいと思うことをやってみることでしょう。やるときに、自分の許容量以上のことをする必要はありませんし、がんばって努力をする必要もありません。体と心を壊すことはなく、好奇心でやったほうが、上達するスピードは速いからです。

人間関係では、個人を軸に据えることです。国とかが軸になるとどうしても途中で息切れしてしまいます。個人ベースだと、協力したいときには協力して、一緒にいたいときは一緒にいて、1人でいたいときは一緒にいるといったことができます。同調圧力や空気を読むといったことは、個人の利益ではなく集団の利益を優先するから発生するのであって、個人ベースだとそんなことはおきません。緩い人間関係は、コミュニケーションが苦手な人を包摂します。話したいときは話、話したくないときは話しをしないのでいいのですから。話好きな人にとってもとくに不利益はないので、両者にとって居心地がいい人間関係と言えるのです。

緩い関係がマジョリティーになることはないでしょうが、マイノリティーが生きやすい社会は、マジョリティーに安心感を与えることになります。何かあったとき、「あっちのやり方で生きればいいや」くらいの軽い感じになれるからです。

 

もっと適当に軽く生きようぜ。