百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

Poco a Poco

就活に失敗して30歳、40歳になるとまともな定職に就けないと言われている。日本の雇用ルールは履歴書に空白を作ると不利になるし、技術はあっても年齢制限に引っ掛かり職を得られない。理不尽だ。政治家は雇用ルールを変えようとしているが、待っていられない。じゃあどうすればいいのか。

私は20代なので、30歳、40歳のことはわからない。ある方から教えてもらったのは、「若いうちにすべきことは精神を養うこと」。経済活動は年をとってからでもできるが、精神活動は若いうちでないとできないそうだ。

私が精神を養い成長させるために実践しているのは、考えることと実践だ。

考えることは沈思黙考、人と話しているときに考えたりする。例えば毎日同じことを考えても昨日と今日では考え方と答えが違う。考えるためには、考えることができる時間が必要。幸いなことに時間だけはたっぷりあるから貴重な時間を考えることに振り分けることができる。

実践は、考えたことを実際に行動している。以前は考えずに行動して失敗ばかりしていた。失敗から学んでいたが、20代後半になり向こう見ずな行動ができなくなった。臆病になったのではなく、ようやく自分の意思が芽生えたからだ。意思の芽生えは「大人」の入り口がようやく始まったことを意味する。大人になるのが遅いと思われるかもしれない。昔からすると遅いだろう。意思の芽生えにより、「何ができて、何ができないのか」を知りたくなる。イギリスの公用語は英語なのは知識として知っている。でも自分の英語は中学生レベルだ。

「知っているけどできない」

自分にできることとできないことがわかれば、できるように訓練するか、違う道を選択することができる。「知識とできる」は全然違う。私が知りたいのはもちろん、「できる」だ。

☆☆☆

他者を気にせず自分は自分の人生を歩むことは理想だが、全く他者を気にせず生きることは不可能に近い。無理やり、他者を無視して強者のように振る舞うのは自己否定につながる。いかにして自分と他者のとの距離感を保つかが大事なのだろう。ネット上には、すごい人、がいっぱいいて可視化されている。だれでもいつでも見ることができる。すごいなあくらいで終わればいいが、自分の状況が惨めだと思っていたら、精神的にダメージを受ける。ひどい時は相手を罵倒する。そんなことをしても自分の人生は変わらないことが分かっていても。

自分と相手の立場が違っていることに絶望するのは構わない。絶望するだけ絶望すればいいと思う。絶望が終わったら、ゆっくりと焦らず考え、実践すればいいと思う。すごい人になりたい!と思ってもできないこともある。いや、できないことのほうが多い。多分すごい人もそうだ。自分ができることに資源を投資するからすごい人になるのではだろうか。ある方が精神活動が若いうちにしかできないと言ったのは、若いときが自らの感性と生き方を学ぶのに最適だからだと思う。お金を稼ぐことは大切なことだし、精神活動と経済活動を両立できる人はそれでいい。自分みたいにできない人は、精神活動を優先させたほうがいい。金銭労働に従事しないことは全く悪いことではない。

大人になると自分の人生に責任がでてくる。人生には正解はないから失敗することもある。失敗しても社会の責任と自己責任は半々くらいかな。責任といってもそこまで難しく考えなくていい。スペイン語圏では"Poco a Poco"をよく使う。「焦らず少しずつゆっくり」という意味。ラテンアメリカを放浪したときに頻繁に聞いた。ラテン系の人のように、答えがでなくてもボチボチ進めばいい。焦っても良いものは得られない。

まだまだ私は、与えられた環境のなかで、「何ができて何ができないのか」を学んでいく。