百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

何でもいい、どんな生き方でもいい

普通の生き方の「普通」を答えられる人はいるだろうか。普通は常に変化する。今の普通は何なのかさっぱりわからない。経済が低迷していても富裕層は存在するし、経済が好調でも貧困層は存在する。意識しないと得体のしれない普通や常識に振り回され自己の人生を生きることが難しい。

僕は不安定な人生を送る連中との付き合いが多い。例えば引きこもり。20年以上引きこもっている人がいる。引きこもっている人と出会ったことがない人はどういうイメージをもつだろうか。暗くて何も話せないと思うだろうか?僕は出会う前はそう思っていた。出会ってみると自分の無知、思い込みであることがわかった。ユーモアがあり、場の雰囲気を和ませ、独特な考えを持ち、「普通」に会話する。引きこもりと言われなければ引きこもっていると分からない。

彼は「自分を肯定してくれる場所がなかった」と言い、「自然と自分を受け入れてくれる場所は居心地がいい」とも言っていた。これって引きこもりだけではなくて結構な人にも言えることだと思う。僕自身も居場所がなかったらキツイし、自分を肯定してくれる場所があると元気でいれる。

「こうじゃないといけない」のが強すぎると思う。エネルギーが満ちているときは活動すればいいし、疲れているときは寝ればいい。自分の生きる方向を若くして見つけたらラッキーだけど、見つからないなら自分が思う方向に手を出し、右往左往すればいい。何かをして無駄になることはないと思っている。立ち止まるのも同じだ。

自分はまだ方向が定まらずフラフラしている段階で偉そうなことは言えないけど、生きているだけでとりあえずラッキーなので自分のペースで歩を進め成長していきたい。