百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

ミャンマーに行ったのでロヒンジャについての疑問

1月末に約1週間ミャンマーに滞在した。ヤンゴン、ヤンゴンから約100キロくらい離れたバガン、水上寺院で有名なイエレーパゴダを訪れた。ミャンマーに行ったらだいたいの旅行者が行くらしいマンダレーやバガンは行っていない。

ヤンゴン市内はUberと徒歩でほとんど回った。

屋台で新聞が売られていたのでみると、アウンサンスーチーとインドの首相が一面に登場していた。何が書かれているかわからなかったがなんとなく好意的に書かれているのは写真の表情で読み取れた。紙面をめくるとロヒンジャについて書かれた新聞はなく、他の新聞もみたが同様になかった。ミャンマー当局が言論統制を敷いているのかどうかはわからない。

ヤンゴン市内にはパゴダ(仏教寺院)がいたるところにある。パゴダに行くと平日休日関係なく朝からミャンマー人で溢れている。熱心にお祈りをしている人もいれば涼んでいる人もいる。外国人は入場料1000円とられるが、ミャンマー人はタダで入場できるのも集まる理由だろう。路上を歩いていてもわざわざ立ち止まってパゴダに手を合わせ礼をする人もいる。それくらい仏教に対する信仰心が非常に強いということだ。仏教が生活の中心にある。どこにいっても何をしても仏教が絡んでくる。

ミャンマーは多くの少数民族がいて多民族国家だ。確かに街を歩くと肌の色、服装が違う人はみかけた。

驚いたのはヒジャブを被ったイスラム教徒がいたことだ。しかも一人や二人ではない。髪の毛だけを隠すだけではなく全身をベールで覆った人もいた。すぐに疑問が湧いた。「ロヒンジャへの迫害が国際社会で問題になっているのにイスラム教徒は大丈夫なのか??」と。

毎日イスラム教徒が集まるエリアに足を運んで様子をみていた。興味深いのはイスラム教徒と仏教徒であろうミャンマー人が普通に話していたことだ。ごくごく普通にだ。路上で謎のアクセサリー?みたいなのを売っていた仏教徒女性と明らかに商売関係にであろうイスラム教徒の人が仲良く話していた。そこに買い物にくる人たちも宗教関係なく会話をしていた。僕が、路上でミャンマー茶を飲んでいたときも、イスラムとそれ以外の人が楽しそうに話している光景を何度も見た。

タクシーの運転手もイスラム教の男性がいた。彼は37歳で子供が2人いる、陽気なドライバーだった。仲良くなって彼がイスラム教を信仰していると知ったので思い切って「ロヒンジャどう思う?」と聞くと、「それには答えたくない」とはっきり言われた。もうちょっと違う聞き方があっただろうがお互いの英語力ではそれが限界だった。

ニュース(おもに西側)から流れてくる情報だとミャンマーではイスラム教徒に対する寛容性がないように思える。しかし、街を歩けばイスラム教徒がいて普通に生活をしている様子をみると「国民の大多数が仏教を信仰しているなか、邪魔なマイノリティーであるイスラム教徒を迫害・虐殺する」ストーリーは単純すぎるのではないだろうか。ヤンゴンは南部にありロヒンジャが住むエリアは最北部にあるため現地の状態はわからないが、ヤンゴンでは仏教徒とイスラム教徒が共存していた。迫害はなかった。

ロヒンジャが国軍や現地仏教徒から虐殺されているのはおそらく本当だろう。なぜヤンゴンでは共存しているのにロヒンジャが虐殺迫害されるのかわからない。だが、ヤンゴンは経済成長の真っ只中で、無尽蔵なエネルギーに満ち溢れルールは未整備で荒削り、人はシャイだけど仲良くなったらタバコをくれて一緒に歌い遊び、イスラムと仏教が共存していたという自分の目でみた真実だけは変わらない。

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