百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

だれかといっしょに何かを共有する

ひとりで行動することが好きで旅もひとりでする。それは変わらない。

 

 

リリーとは毎日いた。いっしょにご飯を食べに行き、海を散歩し、買い物に行き、ドライブをして、お酒をあびるように飲んだ。どれくらい一緒にいたか覚えていない。何をしてどういう人生を過ごしてきたかもしらない。一瞬の思い出だ。

(たまたま『限りなく透明に近いブルー』に登場する人物と同じ名前だった)

リリーと会うまではひとりでいた。誰かとなにかするよりひとりで決めて動いたほうが楽だったし、なにより楽しくなかった。

おとなになってだれかと一緒にいたのは彼女がはじめてだった。

 

 

 

リリーに「あなたはさびしい人ね、だれとも何かを共有することができない。」と言われたことがある。

だれでも受け入れようとした。様々な人との関わりを通じて、「ひとりも楽しいけど他者といっしょになにかをすることはあんがいいいかも」と思うようになった。実際とても楽しかった。

10年前と比べて世界は同じ価値を共有できるようになっている。特徴的なのがどの国でもどの街でもスマホをつかっていること。どこでも同じ光景がある。テクノロジーは多くの人を導く。人々の具体的な行動と意識が共有できると世界はどうなるのかな?

全員が同じ意識と価値を共有する社会は窮屈になる。

昔のように、ひとりになる時間をつくった。ひとりで寝て、ひとりでご飯を食べ、ひとりで乗り物に乗り、ひとりで歩き、ひとりで考え、ひとりでなんでもするようにしてみた。

久々にひとりになって感じるのは、ひとりになる時間とだれかといっしょに何かを共有するのは両方必要だということ。ひとりになると深く考えて行動する。だれかといるときはそこまで考えないけど安心がある。

スラムがある。スラムの環境は厳しい。生活のためになんでもしている。富裕層がいる。快適な環境だ。生活で困ることは一つもない。だが、悩みはある。

どれだけ裕福でも悩みはある。スラムで生活する人の苦しさ悩みを富裕層は理解できない。富裕層の抱える悩みをスラムの人たちは理解できない。お互い共有できない。理解しあうためには、理解できない前提にたち理解しようと努力するしかない。

はじめにコミュニケーションをとり、理解し合おうとする。そのあとは時間を共有するだけでいい。喋りたくなかったら喋らなくていい。大勢があつまってワイワイすることが楽しいわけではない。なにもせず、同じ場所で同じ時間を過ごすことがハッピーだ。

 

熱帯独特の鳥の鳴き声がきこえてくる。

もう俺は、むかしのように

だれとも何かを共有できないことはないよ

リリー。