百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

30歳無職の未来

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30すぎて無職は辛いのだろうか。身も蓋もないがその人の状態による。

一度も職業経験がなく、信頼できる人が一人もおらず、地域社会から孤立、何をしていいかわからないなら今すぐ社会福祉を利用すべき。どうしようもなくなる前に生活保護などはあるんだから。

●職歴がある場合は?

職業技術を磨けるような経歴がないなら職業技術所に行くなりして磨くのもいい。

やりたくもないアルバイトの面接に行くのはやめたほうがいい。アルバイトは自分の時間を売るわけだからやりたくもないのにするのは間違っている。週3日だけバイトして他の時間は自分の好きなことをやるなら全然OKだ。それが創作活動なのか、農業なのか、狩猟なのかは人それぞれ。もちろんダラダラしていたいでもいい。

●信頼できる人がいない場合は?

これが一番問題だろう。友だちはいなくていいし、家族もいなくていいし、誰からも好かれてなくても死なないが、地球上に一人も信頼できる誰かがいないのはきつい。無職であっても信頼できる誰かがいれば、無職でも余裕でやっていけるし、無職から脱して何者かになりたいならモチベーションとお金を工面できる余裕ができる。もし、誰も信頼できる人がいないなら、思い切って自分に合いそうなコミュニティに飛び込んでみるか、とりあえず何かしてみたほうがいい。できる気力がないなら、ネットでいいから自分の状況を晒すといいのかな。

「信頼できる関係をつくるためにはどうすればいいのか?」と聞かれても難しい。簡単にできるときもあれば時間がかかるときもあるしハウツーはない。きっかけになりそうなのは、共通の何かが好きなことがあるかな。ゲームが好きなら同じゲーム好きの人となら会話が弾むし。

○自分の場合

昨年まで約4年間ガッツリ農業をして、今年は商業ベースの農業は止めてやっている。引っ越しもしたし色々行ったり来たりして、動くときに知らないコミュニティに顔を出してみたり新しい人に会ったりして環境は大きく変わった。

無職といえば無職だし、自営業といえば自営業だし、引きこもりといえば引きこもりだし、自分でも「肩書」はよくわからない。

無職でどうしたらいいのかわからない、恥ずかしい、将来が不安と思うのは、世の中の物差しに流されているからじゃないかな。自分で納得いくまで自分のことを考えれば自分の基準ができてくる。そうすれば機が熟せば行動するし、自分が必要とする人と出会うことができる。僕は少なくともそうだった。

10歳ならサッカー選手になることはできる。30歳すぎて何も訓練をしていないとサッカー選手になることはできない。歳を重ねると選択肢は減っても余計な選択肢を最初から捨てれるのがいい。自分の持てる資源に注力できる。

ただ、年齢はただの数字だ。何歳でも新しいことを始めることはできるしやり直すこともできる。40歳すぎて医者を目指す人もいるし、50歳すぎてバリバリ活動し始めた人もいる。自分がやる気になったときに動けばいい。動く力がないときは休めばいい。

最近はチェンソーに挑戦している。草刈り機よりも技術がいるのでなかなか骨が折れる。細い木を切るだけならなんともないが、太い丸太になると刃の入れ方や方向が大事になる。頭ではわかっても体が追いつかない。山師はすごい。

チェンソーして別に仕事にするわけでもないしこれで金を稼ぐことも考えていない。挑戦するときはやりたいからやるだけで理由なんかない。「きっかけは?」とかよく言うけど理由なんてどうにでも言える。あんまり意味がない。

なんでもやってみようのモチベーションがあるので動けるときはガンガン動くぜ。