百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

田舎への適応方法

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<田舎は理想郷ではない>

都市部から田舎へ移住したい人は増えている。とくに若者のなかでは都会より田舎の自然の中で生きたい、子育てしたいという層は昔と比べると確実に一定数いる。

田舎から都会に行き、また田舎に戻るなら無意識に田舎の良し悪しがわかっているだろう。都市部で生まれ育ち田舎に移住となると同じ日本でも文化と規範がまったく異なるので戸惑うことばかりだろう。戸惑ってそれを楽しんでいけるくらで終わればいいが、トラブルになりせっかくの田舎暮らしが終わってしまうとなることは避けて欲しい。

自分の時間とお金を注ぎ込み田舎に来たのにトラブルになり終わってしまうのはもったいない。

少しずつ田舎のダークサイドがネットで報じられるようになったが、「大自然の中でのんびり生活できます!」といった理想的な話が多いように感じる。

今回は理想的な話ではなく実際に経験したこと、現実的な話を紹介していきたい。

僕は田舎で生まれ田舎で育ち、高校を卒業して田舎を離れ、10年してまた戻ってきた。だから田舎の感覚もわかるし都会の感覚もある程度わかるので、都市部住民が違和感に感じるであろうことを書いていく。

区費は使途不明な年貢

都市部にも自治会はあるが、田舎のようにがっちりとしたコミュニティはない。田舎では自治会に入会することは前提条件となっており、入らない選択はほぼない。自治会に入ると、毎月区費を徴収される。地域によって違うが僕のところは月1000円の年間12000円。住むだけで12000円も年間に支払う必要がある。

区費は毎年会計報告というかたちで自治会のメンバー全員に発表される。一見するとフェアに思うかもしれない。しかし、会計監査をする人は自治会のなかでも体が動け若い人になるから自分の時間を削ってやらないといけない。高齢者は年金暮らしで無職だから彼らのほうが時間がある。高齢者がやるほうが合理的だが「年長者」という理由でやらない。

年長者は体が弱っているし頭の回転も鈍くなるし、膝が痛くて歩けないし・・・などなど理由は何でもいってくる。そこに理由なんかない。本当の理由は、年をとれば何もしなくていい。威張っておきたい、ただそれだけのこと。合理性やロジックは存在しない。

会計監査自体にも問題がある。監査すると使途不明金と余剰金が大量にあることがある。普通の会社や組織なら何に使われているか調査して法律に反することがあれば処罰される。田舎では調査されないし、何にお金を使われているか聞いてはいけない雰囲気が蔓延している。仮に「これは何のお金ですか?」と聞いたら適当にごまかされ、あとで自分が損をするだけだ。

おそらく使途不明金は自治会の年長者たちが私的に流用している。要するに飲み食いですね。それ以外考えれない。

僕らのような新参者が田舎の自治会に入会して自治会費を納めるのは年貢だ。長く自治会を納めている地の人たちへ奉公していると考えていい。もちろんそんなことは口には出さないが、彼らの意識のなかには確実に存在する。

後述するが田舎は我田引水だ。極端にいえば、自分が損をしなければいい、他人がどうなろうが知ったことではないが骨の髄まで染み込んでいる。

法律や倫理より自分たちのルールが優先される

これなんか典型的。よそものだからゴミ出しができないと言われ、役場に相談してもとりあってもらえない。

headlines.yahoo.co.jp

田舎のトラブルのなかでもかなり酷い部類に入る。ここまでひどくなくても似たようなことはどこでもあるだろう。

田舎では、法律や倫理は後回しだ。田舎を出れば許されないことが平気でまかり通る。自分たち独自のルール、慣習が優先される。それも良い悪いではない。昔からやっているからと年長者にベネフィットがあるという理由だけ。

実際の例としては、70歳になると集落の高齢者に紅白まんじゅうを配るというのがある。70歳まで生きる高齢者増加していて、特段珍しいことではなくなったので、80歳に引き上げてはどうかという話が持ち上がった。

合理的に考えればそちらのほうが理にかなっているが、高齢者の多数から反発がありすぐに話が頓挫することになった。「今まで70歳になると配ってきたんだから配れ」と言う意見がほとんどだった。

しかも、「紅白まんじゅうは糖分が多いから表彰とかにしろ」や「俺を年寄り扱いするな!」と自宅にまんじゅうを持っていったら言われたりとで、やっても先送りしても地獄状態になった。

なかには話がわかる高齢者ももちろんいる。ただまともな高齢者はその集落のなかで影響力がほとんどないため意見が通ることはない。ただ年を取っただけの長老(男尊女卑なので長老は男しか言われない)たちの意見が通るわけ。

田舎独自のルールではなく集落単位のルールが必ずある。ルールを変えようと真正面から立ち向かっても変えることはできない。数も多いし自分たちのルールを変えようとしたら怒り狂い目に見えた嫌がらせがはじまる。

変えたいなら長い年月をかけて自分と同じような考えの人を集め数で駆逐するか、彼らがあの世か動けなるまで待つのが賢明だろう。

田舎は江戸時代

21世紀、2018年ですよね今は。田舎は違いますよ。嘉永元年の江戸時代と思ってください。まだ、♪散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする♪もきていません。自治会費と言う名の年貢、意味不明な慣習、年長者・長老が偉いといった理不尽な構図がまさにそれ。

田舎のおじいちゃんおばあちゃんはノホホンとして優しいという幻想は捨ててください。彼らは他人に決して本音を言いませんし、何を考えているかさっぱりわからないのが基本です。高齢者だけじゃなくて一度も外に出ず田舎にいる中高年や若者もだいたい同じようなもの。

江戸時代の規範で動いていることがわかれば「そういう人たちなんだと」思い対処できます。対処と言ってもそう思うだけで余計なことは言う必要ないし、わざわざバトルしてもダメですね。

色々言われても真に受けず引き受けない

田舎に住むことになると、「あんたこれをしてくれん?」と色々と頼まれたりすることがあります。そのなかには厄介な頼まれごともあるでしょう。真面目な人は「この田舎に溶け込むためには何でもYESじゃないとダメだ」と思い、自分のキャパを大きく越えるようなことをしてしまいます。

最初は続くでしょうが、途中から疲れて投げ出したくなり、結果田舎を去ることになるパターンとなる可能性は高い。頼まれて色々してもだれかが難癖つけてくるし、良いことをしても重箱の隅をつつくようなこと言う人がいるもんです。

だから頼まれても無理なら「そうですねー」と肯定も否定もせず話を流しましょう。そうですねーは非常に便利。田舎は白黒つけることを嫌うので江戸時代の住民にも疎まれることはないですね。

「そうですねー」と言ってもダメならはっきりとNOを突きつけましょう。もしそれでそこの田舎に住めなくなったらそれまでの田舎でしかないので住むだけ無駄。田舎も広いから合う田舎は必ずあるので心配ないですよ。

あと、褒められたり嫌味を言われたりすることもあるでしょうが、どちらも真に受けず放置しておきましょう。基本的に何を考えているかわからないのでイチイチ真に受けていたら疲れます。話半分以下で理解すると楽です。

田舎でも市街地と限界集落では異なる

今まで書いてきたことを読むと絶対に田舎に住みたくないなと思うでしょうが、同じ田舎でも飲み屋が集まり田畑がないところと限界集落では「濃さ」が違う。僕はもともと田畑もない新興住宅街の田舎で育ったため、上記のような「THE・田舎」を経験することはなかった。百姓を始めて限界集落に引っ越してからこのような事例が現実にあるのを知った。

都市部の人で限界集落で生活したいならまず市街地が集まる田舎で生活するほうがいいでしょう。というかいきなり限界集落に引っ越しても高確率で撤退することになります。

一度ステップを踏むことで田舎の慣習や風習を知ることができ、知り合いもできる。それから限界集落に飛び込むほうがうまくいきます。そのくらい限界集落に住む人たちの意識、規範は違います。農業者だと何を言っているかわからないことが多々ありますからね・・・。

おそらく、都市住民はほどほどの田舎に住むほうが楽しいと思います。ガチガチの田舎に住むなら、移住者がすでに集まっているところや移住者でパイオニア的存在がいるところに行ったほうがいいでしょう。

僕自身今は限界集落というか消滅集落に住んでいますが、いつまでこの生活が続けられるか保証はまったくないので、何らかの理由で住めなくなったときのリスクヘッジはしています。「よそ者」が田舎、とくに消滅する田舎に住むということは村八分にされるリスクが常にあるということなのです。

限界集落から閉鎖性が消滅するのは早ければ5年、遅くても20年後には消滅します。なぜなら、人がいなくなるから。

今は最期のときを迎えているので、自分の王国を築きたいならチャンスといえばチャンスです。困難が多々ありますが。

色々書いてきましたが、実際には行ってみないとわからないことがたくさんあることはお忘れなく。

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