百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

5年で人がいなくなる

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田舎でも山しかないど田舎に住んでいるわけですが、10年もせずに消滅することになりそうです。集落の人口は30人程度で、15歳〜65歳未満の生産年齢人口は自分も含めて3人しかいません。あとは75歳以上の高齢者でほとんど80歳を超えています。国は75歳を超えても働かせようとしているそうですが、この辺のおじいちゃん・おばあちゃんをみるとガツガツ働くのは無理だとわかります。まあ誰でもわかると思いますが。

高齢者のみなさんは一人をのぞいて集落の未来を完全にあきらめてしまっています。一人だけ共同で所有している土地を昔のようにまたみんなで管理して商いをしないか、と呼びかけていますが誰も首を縦にふりません。「もうみんな老い先が長くないのにどうやって管理するのか?あとの若い人たちに迷惑がかかる」と。

僕は孤軍奮闘しているおじいちゃん、集落の未来をあきらめてしまった残り全員、どちらも攻める気がおきません。虚しくなるだけです。どうにかしたけど誰も自分に協力してくれないでがんばるのはすごいと思うけど、彼がやろうとしていることは非現実的。本当は自分の家を子どもたちに継いで欲しいけど、みな都市で独立して家を建て田舎暮らしはしていないから無理に継いでもらいたいといえないのもすごくわかる。10年前だったらどうにかしたくて動いていただろう。80歳を超えて自分の老い先と集落の将来がわかってしまったらあきらめてしまうのは否定できない。

先日『ソトコト』という地域社会を盛り上げている人を紹介する雑誌を読んで愕然とした。僕の住むところにはソトコトに登場するようなキラキラした田舎はなくて、毎日淡々とした時間が流れているだけだから。都会の人たち向けにつくられた本だろうからおしゃれで洗練された空間や人を紹介しているのは読んでもらうために当然なのかもしれないが、僕の持つ・見る小さな世界では実際にみたこともきいたこともない。

「草刈りを維持するための補助金をどうするのか」

「自治会の運営費の集金の変更」

「田んぼの水路管理維持」

「年に数回行われるお祭りは続けられるか」

といったまったくもっておもしろくもないことしかない。ただとても重要なことなのは間違いない。田舎の景観と生活が続けられるのはマンパワーと金があるからだ。

★★

暗ーーーーーくなることを書いてきたが、自分のやりたいことが好きなようにできている。何をしても一言言えば何も言われないし、好き勝手しても畑しているから何も言われない。田畑の作業はITと違って誰でもわかるから信頼されやすい。

空き家になればタダでもらって住める場所を増やしたいし、耕作放棄地も全部自分のものにして農をやりたい人がやれるシステムをつくりたい、お世話になっている年寄りたちに恩返ししたい、ど田舎にいても行きたいときに海外に行けるようにしたい…とでまだまだやりたいことは山のようにある。やりたいことじゃなくて難しいけど実現可能。

5年したら人がいなくなるので、地に足の着いた田舎暮らしをしたい人はチャンスです。

Inaka