先生は自分の考えを疑っているか
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僕が子どものときと学校で教える内容は変わってきてるとはいえ、教師が変わらなかったら意味がない。
先生たちが多忙なのは知っているし子どもの教育力を上げるため奮闘しているのも分かっている。不祥事教師は全体の一部にすぎない。99%は本当に真面目だ。
真面目だからこそ自分たちのやっているカリキュラムがずれていることに気づかない。無意識に差別意識があることにも。
「個性を重視する、多様性が大事」と言いながらも、個性を押しつぶし全体に個を順応させる教育が続いている。先生たちはやっているつもりだけど無自覚過ぎる。
全国の小中学生で不登校が12万人を越え毎年増え続けている原因の一つと言える。性別、人種、容姿、出自といった自分にはどうしようもできないことで評価しないように変わってきたのに、実際は「身分制」が学校・社会に残っているから不登校が減ることはない。
僕は義務教育、高校を不登校にならず通うことができたけど、今なら不登校になっているだろう。学校に行かずとも生きていける環境が整っている。わざわざ軍隊教育を続け規律で押さえつける場所に行く必要はない。
完璧な人間はどこにもいない。僕は知らないことだらけだし自分の考えが正しいのかどうかわからない。先生と言われる職業に就く人は「先生」と言われるから、自分自身の考えが絶対的に間違ってないと思ってくるのではないか。純粋で何でも吸収してしまう子どもに教える立場にいる先生ならなおさらその傾向は強まる。
どういう教育のやり方がベストなのか答えはわからないけど、大人は常に教えていることや言っていることが間違っているかもしれないと疑うことが大事だと思う。
そして、まずは色々教える・言う前に自分の人生を生き、充実させることが何より重要だと思っている。
先生たちは学校以外の時間を充実させることができているだろうか?