百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

田舎には希望がある

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まだ正確に言語化できてないが、田舎にいると希望を感じることができる。人はいないし年寄りばかり、産業は少ない、女性蔑視の男優位と時代に適応できてないところは山のようにあっても希望がある。

21世紀初頭の混沌とした世の中で生きる僕ら。100年前に比べていい時代だし50年前、30年前より恵まれた時代に生きているが、何か生きづらさがある。食べるに困らず寝るところに困らない世界に生きているのに希望が薄れている。

2000年、村上龍は「希望の国のエクソダス」で不登校になった中学生たちが反乱を起こし北海道に独立国家をつくる物語を書いた。

この国には何でもあります、本当に何でもあります。ただ、希望だけがない。

ポンちゃんが国会で大人たちに言った一節は今も色褪せない。

変わったのは、全体ではなく個人的な希望をみつけること、その先に希望があるだけでなく、廃れた・消滅するかもしれない場所にも希望があることだ。

何もしなくてもよくて、ただ田舎で生きればいい。もちろん農業したりサラリーマンしてもいい。田舎に片足だけでも突っ込めば希望がある。淡々とした何もない日々に今は言語化できない希望を感じられる。

Aomori Countryside